明海地区のお話

三河港の一角、明海地区産業基地。
ここはかつて旧豊橋海軍航空基地があったところ。

昭和30年代、日本が驚異的な経済成長を行うなか、東海道メガロポリス計画において、東三河はどちらかといえば産業基盤が遅れている状況にありました。
このため、三河湾を埋立し、広大な埠頭用地とその後背地に巨大な木材コンビナートを建設し、同時に内陸部においては、大規模な流通輸送センターを建設しようとする機運が高まりました。
昭和43年8月半官半民の第三セクターとして当社が設立されました。

当社は、旧大崎島において戦後払下げられた農地を買収し、また埋立地を愛知県より譲り受け、工業団地を造成いたしました。

当初は木材住宅産業を中心に製材・合板工場が進出。
明海埠頭では北アメリカや東南アジアから原木丸太を満載した貨物船の荷揚げ作業が行われました。
かつて水面貯木場では筏士たちが仕訳作業に汗を流し、陸上では大型ロガーを使って原木丸太をトラックに積みこむ光景が多く見られました。

その後、オイルショックやバブル経済を経て、今では東三河随一の産業拠点として、明海地区の名称は多くの人たちに知られ、親しまれております。
デンソー、トヨタ紡織、三五、ジェイテクト、武蔵精密工業、川西塗装といった自動車部品メーカー、吉野石膏、ウッドワン、中部セキスイハイム工業といった住宅部材メーカー、また花王、フォルクスワーゲングループジャパン、ランクセスといった国内外の一流企業も立地しています。

また当社が所有する明海埠頭では石膏原料や穀物飼料といったバラ物原材料から自動車をはじめとする完成品までを取扱い、多目的な貿易基地として発展を続けています。
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